10周年記念!
貸し切りの遊園地で野外コンサート
「でめた」(1984年)
めでたく誕生から足かけ10年を迎えることになったこの年、区切りのいい
ところで思い切り派手なお祭りイベントをやりたくなった。となるとまず必
要なのは次郎吉の開放的な雰囲気をそのまま持っていける自由で広い空間だ。
いくら音響的に素晴らしくてもコンサート・ホールのような椅子席ではライブ
ハウスのようなくつろいだ気分にはなれない。いい空間を見るとコンサートの
イメージが自然に湧いてくる。鈴鹿サーキットが多摩丘陵に経営する遊園地、
多摩テックは、太陽を浴びながら家族連れで楽しめる野外コンサートをするの
に、まさに理想的な会場だった。
思い込んだら命がけ、コネがなくても飛び込んでいくのが俺のスタイルだ。
タイトルとミュージシャンの名前だけ書いてある超シンプルな企画書を手に一
人で多摩テックの事務所に乗り込んでいった。事務所側は、突然、飛び込んで
きた口ひげをはやしたいかつい男を見てその筋の人と勘違いしたのか、最初は
丁重に断わられてしまった。めげずに2度、3度と足を運ぶうちに、窓口にな
ってくれたイベント担当の菅原さんがその気になってきて、遂に「荒井さん、
やるからには勝ちましょう」といって上司の説得に乗り出してくれた。家族連
れで楽しめるように子供は無料、託児所をステージの横につくる、フリーマー
ケットの出店を出すという新しいアイディアを加え、念願の野外コンサートが
ついに実現することになった。
10周年ということで、スケジュール表のイラストを描いているデンさんにデ
ザインを頼み、大型ポスター、記念Tシャツをつくることにしたが、「次郎吉」
という漢字のロゴがTシャツにするとしっくりこないというので、思い切って
「JIROKICHI」という毛筆体のローマ字に変えてみることにした。これが意外
に好評で、以来、次郎吉のロゴ、店の看板はローマ字になった。
コンサートのタイトル、「でめた」は、おめでたい人間が集まって、めでた
い行事をやるという意味が込められている(込める程の意味でもないが)。だ
ったら「めでた」でもいいのだが、そのまんまなので、ちょっとひねってみま
した。
ポスター貼りは大仕事
今では道交法が厳しくなったせいでほとんど見かけないが、昔はコンサート
の宣伝といえばまずは街頭でのポスター貼りだった。ボンネット、ドア、屋根
にまでポスターを貼った車で、連日連夜、ポスター貼りに繰り出したのはいい
が、ある日、調子に乗って高幡不動の駅前に停まっていた大型バンの横と後ろ
のドアにポスターを貼ってしまった。多摩テックに不審な電話が入ったのはそ
の日の夕方だったという。「おたくかい? うちの車にガムテープでポスター
貼ってくれたのは?」わけが判らない多摩テックの社員が適当にあしらおうと
すると、相手は豹変して「とぼけんじゃねぇ!」と怒鳴りだした。まずいこと
にポスターを貼った車は、とある事務所の宣伝カーだった。慌てた多摩テック
からすぐに連絡が入り、翌日、菅原さんと一緒に多摩テックの乗り物券付き招
待券を持って謝りに行き、なんとか事なきを得た。
当時、次郎吉の人気従業員だったドヤと甲州街道の沿道にポスターを貼って
いた時にも大ドジを踏んだ。ポスターを何枚も並べて歩道橋からぶら下げると
いう名案(迷案?)を思いつき、二人で歩道橋の手すりにガムテープで貼りつ
けていると、いつのまにか一人の警官が階段の下に迫っていた。「やばい、逃
げろ!」慌てて反対側の階段から逃げようとしたのだが、もう一人の警官が
「挟みうちにしろ!」と叫びながら駆け上がってきて万事休す。歩道橋の真ん
中であえなく御用となり、警察署に連行されてさんざん油を絞られた。始末書
を書かされ、やっと釈放されたのは3時間後だった。
10日も前からお祭り騒ぎ
腕と体力に自信のあるスタッフと友人たちが多摩テック内のキャンプ場にテ
ントを張って泊まり込み、ステージを組み始めたのはコンサートの10日前だ
った。女性陣も差し入れを持ってやってきて、交代でご飯炊きや掃除を手伝っ
てくれた。夜はキャンプ・ファイアを囲んで酒盛り、人気のない遊園地の一角
に深夜まで笑い声が響き、お祭りムードはいよいよ高まってきた。
次郎吉にも、深夜過ぎになると常連客やミュージシャンが次々にやって来て、
10周年の前祝いと称して連日、朝まで酒盛りをしていた。この頃から前売り券
の売れ行きも急激に伸びはじめ、これに平行して次郎吉での馬鹿騒ぎも最高潮
に達していた。
コンサートの当日、直前まで続いていた長雨が嘘のようにやみ、多摩丘陵の
上空には朝から抜けるような青空が広がっていた。ステージのある小高い丘に
続く、なだらかな山道にはフリーマーケットの店が次々に店開きし、アクセサ
リーや民芸品、古着などが並んでいる。午前中から客の出足も好調で、子供連
れの客もゴーカートに乗ったり、ボート遊びをしたり、フリーマーケットをの
ぞいたり、思い思いに楽しみながら、のんびりとコンサートの開始を待ってい
る。午後2時、博多のアマチュア芸人(本職は歯医者さん)ヤモリの司会で
「でめたサウンド・エクスプロージョン」が幕を開けた。
まず登場した次郎吉のイベントの常連、憂歌団とウェストロードが期待通
り
の熱演で大喝采、ウシャコダが解散記念ということで飛び入り出演した。続い
て「悲しい色やねん」の大ヒットで一躍、歌謡界のメジャー・スターになった
キー坊(上田正樹)が夕焼けをバックに登場すると丘の斜面の芝生に座ってい
た観客が総立ちになって踊りだした。とってもイイ雰囲気だ。俺は、ちょっと
コンサート場を抜け出し、多摩テックの外周を走っている機関車に乗って、遊
園地全体の様子を見にいくことにした。乗ってみると、さすが鈴鹿サーキット
の経営する遊園地の機関車だけあって意外にスピード感がある。夕闇の薄暗い
林を抜けてガタゴトと走っていく。夕空を見上げると明かりを灯した観覧車が
ゆっくりと回っている。すっかり童心にかえった俺は今度は観覧車に乗ること
にした。ゴンドラが上がるにつれ眼下には360度の夜景が広がっていく。丘
の周囲の田園地帯には、町の明かりが星空のように瞬いている。キー坊のステ
ージはクライマックスを迎えていた。「Hold me tight…オオサカ・ベイ・ブ
ルース…」 夜風に乗って聞こえてくるキー坊の歌声が心地よく、思わず観覧
車を2周してしまい、慌ててステージに戻ると、トリの本田竹廣のスーパー・
ジャズ・セッション・バンドが登場する直前だった。実は「でめた」の最後を
締めくくるジャム・セッションを盛り上げるために、ミュージシャンには内緒
で、ジャズと暗黒舞踏の共演という特別の演出が用意されていた。
ステージの袖から現れた舞踏家のカビンちゃん率いる不気味な集団に最初に
気づいたのはサックスの向井滋春だった。客席のざわめきと異様な気配に、ふ
と横を見ると、眉毛のない白塗りの妖怪たちが腰布ひとつで床をはいずりなが
ら近づいてくる。その数は増え、やがてステージいっぱいに広がり、演奏とは
無関係に踊りだした。何ごとにも動じない本田さんもさすがに本気でオドロい
ていた。お客さんは、ジャズミュージシャンが驚く顔を見て大ウケだった(ら
しい)。
なにはともあれ、次郎吉10周年記念の大野外コンサートはめでたく幕を下
ろすことになったが、例によってミュージシャンにギャラを奮発したおかげで、
採算的には赤字になり、またまた肉体労働に精を出したのだった。
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