次郎吉名物・ジャズとモツ鍋の
スーパーセッション(1985年)
銀座にモツ鍋の店が出現したのはバブル崩壊後の93年頃だと思うが、次郎
吉には本場、博多から空輸された極上のモツを使った本物のモツ鍋が登場した
のは84年だった。ミュージシャンは日本全国をまわることが多く、各地方の
郷土料理を味わう機会にも恵まれている。そのミュージシャンの中でも、音に
うるさいと同時に食べ物にもうるさいのがジャズ・ミュージシャンだ。
モツ鍋が次郎吉の名物になるきっかけを作ったのも、「でめた」で司会をつ
とめた博多の歯科医、ヤモリ先生に連れられ博多のモツ鍋屋にいき、そのファ
ンキーでホットな味のやみつきになってしまった本田さんだ。東京でも本場の
モツ鍋を食べたいと思った本田さんが、東京で歯科医学会の会合があったヤモ
リ先生に頼み込み、博多から持ってきてもらったモツを次郎吉に持ち込んだの
が、次郎吉名物、モツ鍋の始まりだった。
最初のうち、モツ鍋は本田さんと仲の良いごく限られたミュージシャン、友
人だけが味わえる幻の料理だった。本田さんは自分のキーボードを楽屋のすぐ
横にセッティング。ライブ前に楽屋にカセットコンロを持ち込み、モツ鍋を仕
込み、ライブ中(というか曲の演奏中)、他のミュージシャンのソロの合間に
楽屋にひっこんで鍋をかきまわし味見をするほど入れ込んでいた。楽屋からあ
ふれ出したニンニクの匂いがステージを抜けて店内に充満し、スタッフや客の
食欲をそそっていたが、ライブ終了後も、出演ミュージシャンとごく内輪の関
係者以外は楽屋に入ることも許されなかった。こんな理不尽なことが長く続く
わけはなく、すぐにヤモリ先生に頼んで、博多から10キロもの新鮮なモツを取
り寄せることになり、ジャズ・セッションの打ち上げには必ずといっていいほ
どモツ鍋が登場することになった。作り方は簡単、新鮮なモツにニラをたっぷ
りと入れ、ニンニク、鷹の爪を加えて、醤油で味をととのえたら、後はじっく
り煮込むだけだ。モツ鍋はいつも大好評で、今でもベースの岡田勉さんを筆頭
に、打ち上げの頃になると、モツのにおいを嗅ぎつけてどこからともなく姿を
現すジャズ・ミュージシャンが沢山いる。銀座の某ライブハウスが、本田さん
の影響で遂にモツ鍋屋に転向してしまったという嘘のような本当の話もある。
その後、モツ鍋がブームになってきた時に、某テレビ番組で、博多のモツ煮
を取材したついでに次郎吉にもカメラを持ち込んだことがある。次郎吉の宣伝
になるならと、もの好きな常連とモツ鍋のオーソリティの本田さんがかけつけ
てくれた。スタッフが慣れないインタビューに答えて店の宣伝をする一方、本
田さんも「ジョージア・オン・マイ・マインド」を弾いて取材スタッフを歓待
したのだが、不幸にもこの番組はお蔵入りになってしまった。
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