4章 大型コンサートが目白押し

15周年記念ライブは 上々颱風!(1989年)

 ハイネケン・ヴィレッジは原宿にほど近いテラス付きの粋なバー・レストラ
ンだった。ある日ぶらっと訪ねると、バー、レストランの他にもいくつかの小
部屋、それに中庭まである2階建てのログハウスで、原宿にいることを忘れて
しまうような落ちついた雰囲気の場所だった。
 早速ハイネケンと交渉、15周年記念のコンサート会場に決定した。とはいっ
てもコンサート会場としては狭く入場者数も限られている。いつものように複
数のバンドを出演させるのは無理なので、次郎吉に出ていた新人バンドの中で
も飛び抜けた存在だった上々颱風ひとつに絞ることにした。
 当時はイカ天ブームの最盛期で、バンド人口が一気に増え、ホコ天や小さな
ライブハウスで演奏しているアマチュア、セミプロの新人バンドがにわかに脚
光を浴びると同時にライブハウスが一般的にも認知されてきた。いわゆるワー
ルド・ミュージック・ブームが始まったのもこの頃で、ロック、ポップス、沖
縄民謡、音頭、昭和初期の懐メロを巧みに採り入れた上々颱風の人気はうなぎ
のぼり。次郎吉でも毎回150人近くを動員するまでになっていた。
 メジャーデビューを控えた上々颱風の勢いもあって、前売り券はあっという
まに売れ切れ、嬉しい悲鳴を上げた。  コンサートの当日は、晴れバンド上々
颱風のお陰か、朝から青空が広がり、1月の末だというのにまるで春のような
暖かさだった。会場内の中庭にはパオが建ち、フリーマーケットには外人のア
クセサリー屋が並んでいる。屋台からはスパイシーなカレーの匂い、羊の丸焼
き、異国に紛れ込んだような雰囲気がお祭り気分を盛り上げる。午後4時、ス
タッフ60という大道具造りの集団が造ったステージの花道に、きらびやかな衣
装に身を包んだエミちゃんとサトちゃんを先頭に上々颱風が登場、満員の場内
は一瞬にして興奮のるつぼとなり、拍手と歓声が沸き起こる。
 通りからでもはっきりと聞こえる大音量の演奏に誘われ、通りすがりのカッ
プルなどが続々と当日券を買って入ってきたので、一時は入場制限をするほど
の大混雑。満員御礼。ギャラの心配をしなくていいコンサートは初めてだ。本
当にビールがうまかった。


ヴァレリー・ウェリントンと 兄貴分のビリー・ブランチ (1990年)

 シカゴから来たヴァレリー・ウェリントンは迫力満点のハスキーヴォイスで
本物のシカゴブルースを聞かせてくれた。日本びいきで、なぜかちくわが大好
きなヴァレリーに、よくちくわを買ってあげた。日本の歌も大好きで、憂歌団
の「嫌んなった」や坂本九の「上を向いて歩こう」をヴァレリーが歌うと、日
本語で歌っているのに、なぜか泥臭いブルースになってしまう。その迫力に客
席からどよめきがおこったものだ。シカゴのブルース・フェスティバルを見に
行った時には、ヴァレリーと彼女の兄貴分のブルース・ハープの達人、ビリー
・ブランチにすっかり世話になった。ビリーは何度も来日しているが、来るた
びに次郎吉に顔を出し、山岸や他のブルース・ミュージシャンとのセッション
を楽しんでいた。新宿のホテルに送っていく途中のタクシーの中で吹いてくれ
たブルース・ハープの音色が今でも耳に残っている。ブルース・ハープといえ
ば、ローリング・ストーンズのレコードに参加して一躍、有名になったブルー
ス・ハープのシュガー・ブルーも妹尾ちゃんが次郎吉に連れてきてくれた。こ
の他シカゴからエディ・クリアウォーターが来日。ジロキチに出演してくれた。
 山岸は、ネヴィル・ブラザースのドラムとベースを連れて遊びにきてくれた
が、二人ともタフで何時間もセッションを続けていた。


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