行く先を知らせずに
のんびり旅行 (1993年)
久しぶりにゆっくりと旅をしたくなった。行く先も目的もいわずに出発した
ので、半年間の留守中に、さまざまな憶測や噂話が飛び交うことになった。
「世界中のライブハウスを回ってるらしい」、「ニューオリンズのアルのとこ
ろに行ったのさ」、「その後はニューヨーク経由でヨーロッパに向かうらしい」、
「いやアフリカじゃないか」といった具合で、中には「ギャングに追われてシ
ンガポールに逃げた」とか「香港に隠れているらしい」とかいうぶっそうな話
もあった。一番笑ったのは、「阿佐ヶ谷のスーパーで見た奴がいる」という話
だったが、実際には次郎吉の元従業員だったマダガスカル島出身のアフリカ人、
マンドレを訪ねてオーストラリアに行っていたというだけのことだった。友だ
ちの家にしばらく居候しながら、バイトで金持ちの家の庭に石の池を作ったり
して稼いでから、バリ島にも旅行した。
今回の旅の一番の収穫は、オーストラリア西部の小さな町、フリーマントル
で、先住民アボリジニーに太古の昔から伝わる素朴な管楽器、ディジュリドゥ
とめぐり会ったことだ。芯をシロアリに食われ空洞になったユーカリの木の筒
にすぎない、この楽器の素朴で力強い音にひかれ、旅行中ずっと練習していた。
半年後、出た時と同じように突然日本に戻り、さっそく次郎吉に顔を出して
みた。
その日は偶然にもワオの誕生日だった。ライブを終えて後片づけをしている
ワオの横に立つと、ワオは「あっ、マスター!」と一瞬のけぞっていた。「こ
れを見てくれよ」といいながら、袋から長い木の棒のようなディジュリドゥを
取り出して、さっそく披露することにした。ブオ〜〜〜〜という飛行機でも落
ちてきたような轟音にみんな目を白黒させている。しばらくして、音がずっと
途切れないことに気が付いて、「どうやって息吸ってるんですか?」と聞かれ
たので、「循環呼吸っていうんだよ。息を吐きながら、同時に吸ってるんだ」
と説明した。それ以来、どこへ行くにもディジュリドゥをしょっていき、会う
人ごとに吹いて聞かせるようになった。
サックスの梅津和時さんや峰さんに「よく呼吸法をマスターしたね」といわ
れて得意になっていたが、一番嬉しかったのは、昼間、誰もいない次郎吉で、
本田さんが一緒にピアノを弾いてくれたことだ。勝手きままに吹くディジュリ
ドゥに合わせて、即興でピアノを弾いてくれたわけだが、本田さんのパワーに
は脱帽だった。
長年ライブハウスをやってきて、生まれて初めて自分で楽器を演奏し、しか
も長年惚れ込んできた本田さんと一緒にやれたのだから本望だ。ディジュリド
ゥのうなりに乗ったメロディーは美しく優しかった。
20周年記念、1ヶ月ぶっ通しライブ サウンド・オブ・スーパースターズ
(1994年)
日本に帰ってきてから、会う人ごとに20周年は何をやるのかと聞かれるので、
どうせならあっと驚くようなイベントをやろうと思っていた。人気バンドを集
めて日比谷の野音でコンサートをやるもいいだろう。ただセッティングのこと
を考えると、5バンドが限界だ。20年もライブハウスをやっていると、出した
いバンドの数は片手では収まらなくなっている。20年の間には個人的に世話に
なったミュージシャンも沢山いる。といっても3日間も借りる予算はない。二
度目の「でめた」で大雨に降られた苦い経験があるので、野外コンサートの怖
さも身にしみている。となると結局、次郎吉でやるしかない。そうだ、20周年
だから、20日間ぶっ通しで記念ライブをやればいい。
すぐにスタッフを集めて出演者をリストアップしてみると、20日ではとても
収まりきれなかった。よし、それなら1ヵ月やるかということになり、11月を
20周年記念月間とすることが決定した。
記念月間の目玉として考えたのが、かつての次郎吉の2大人気バンド、ネイ
ティヴ・サン、Cちゃん・ブラザースの特別再結成ライブと、バリ島で知り合
ったスウェーデンの若者、ヨハン・リジェマルクを呼び、ディジュリドゥの魅
力を紹介することだった。
ライブハウスでのアボリジニの民族楽器と日本人ミュージシャンのセッショ
ンは初めてだから話題にもなる。大地の唸り声のような、あの原始的で神秘的
な音を聞けば誰でも感動するはずだ。
さっそくスウェーデンに連絡を取ると、日本に来たがっていたヨハンは即
座にオーケーして、デモテープを送ってきた。テープを聞きながら、ヨハン
とのセッションに合いそうなミュージシャンを考えた時、まず頭に浮かんだ
のは本田さんだった。ディジュリドゥの音を生かした、アフリカの民俗音楽
のような素朴なサウンドが聞けるかも知れない。もう一人はギターの是方博
邦だ。ヨハンの若者らしいアグレッシブな部分と合いそうな気がした。
ポスターのデザインを頼んだ伝さんは、夏休みを返上して、初期の次郎吉
の思い出させるような蛍光色を使った明るいサイケ調、という注文通りの作
品を仕上げてくれた。20年の集大成となる30日間のスケジュール表には、
サウンド・オブ・スーパースターズの看板にふさわしい、日本のジャズ、ロ
ック、ブルース、R&B界の大物ミュージシャンの名前が並ぶことになった。
スーパー・スターたちの繰り広げる音の絵巻、30日間のライブ・レビュー。
中でも印象に残ったライブを以下にいくつか挙げてみよう。
ボ・ガンボス
初日のボ・カンボスは2ステージの入れ替え制にしたのだが、それでも前売
り券は1日で売り切れた。ボ・ガンボスとして演奏するのは久しぶりとのこと
で客もメンバーも盛りあがったが、チャージを2度払って2ステージを見たフ
ァンが沢山いたのには驚いた。
渋谷毅・木村充揮セッションに 浅川マキ飛び入り出演
渋谷毅と木村充揮のセッションは1回目の時から何十年も前から一緒にやっ
ているように息が合っていた。憂歌団の時とはまた違って、のんびりくつろい
で聞けるのがいい。木村も「ほんま、ごっつぅエエ感じですわ」といっている
。この二人の1回目のセッションの時には高田渡が酔っぱらって飛び入りした
記憶があるが、今回はなんと浅川マキが飛び入り出演してくれた。
黒のコートにサングラスをかけたマキさんが現れ、タバコの煙をくゆらせな
がら「こんばんは……」と挨拶した瞬間に、ステージの照明が落ちたのではと
錯覚するほど、マキさんの声には不思議な迫力と悲愴感がある。渋谷さんのピ
アノをバックに、マキさんと木村が即興のブルースを掛け合いで歌い出した。
風に舞って飛んでいる二つの風船の行方を見守っているような心地 よい緊張
感がある。
客席の中年から、マキさんの往年のヒット曲、「夜が明けたら」のリクエスト
が出たが、マキさんは「だめなのよ……もお忘れちゃったのよ」とけだるい声
でやんわりと断ってしまった。「渋谷さんが弾けば、歌い出すよ」という客席か
らの声に応えて、渋谷さんがピアノを弾きだすと、すかさず木村が「夜が明けた
ら…」と歌い出し、マキさんもついに観念して一緒に歌い出した。客席はやんや
の喝采だ。歌い終わったマキさんが、「やっぱり、わたし、『まだ若くて』が歌
いたいわ……」というと、今度は渋谷さんが「ぼく、その歌しらないな」といい
だした。それでもマキさんが出だしを歌い出すと、すぐに大きくうなずいて伴奏
をつけはじめた。「渋谷さんって…渋谷さんの存在っていうのはね……」とマキ
さんが嬉しそうにつぶやくと、客席からは大きな拍手とともに「すてきよ!」と
いう女性ファンの声援が飛んだ。
木村とマキさんという、アクの強さではひけを取らないくせ者二人を相手に
孤軍奮闘していた渋谷さんは、ライブが終わる頃には毒気とアルコールにやら
れてヘロヘロになっていた。
酔いどれピアニストと、天使のだみ声、そして黒装束の飛び入り女性ブルー
ス・シンガー、こんな異色の組み合わせが聞けるのも次郎吉ならではだろう。
シーナ&ロケッツ
シーナと鮎川誠は、以前にも次郎吉に出ていたが、シナロケとしては初めて
のライブだった。 超満員の入りで、ステージ前の客がじりじりと押し出さ
れてステージが狭くなり、ついにはシーナが立つ場所が30センチくらいにな
ってしまった。それでもシーナは最前列の男の子の顔をピチャピチャ叩きなが
ら、楽しそうに歌い続けていた。
ディジュリドゥ・セッション
20周年記念ライブの目玉の一つが、スウェーデン人のディジュリドゥ・プレ
イヤー、ヨハン・リジェマルクと日本のミュージシャンとのセッションだった
。本田さんはエレピを持ち込み、若いメンバーを従えた自身のバンドでヨハン
に対抗した。
是方とのセッションの時はファンの女性客が一杯でヨハンも大喜び。是方の
アグレッシブなギターとヨハンのリズミカルなディジュが実によく合っていた
。ヨハンに呼び出されライブの最後にセッションに加わる事ができたという嬉
しいハプニングがあった。
その後、ヨハンとは、京都の「磔磔」、博多の「サライ」、裾野の英会話学校
のパーティでも一緒に演奏させてもらった。例によって「磔磔」の水島さんにス
ケジュールを入れてもらったのだが、ヨハンは外タレというだけでまったくの無
名だし、ディジュリドゥという楽器自体もまったく知られていない。そんなライ
ブでも快くスケジュールを入れてくれる水島さんは神様のよ うな人だ。
幸い、「磔磔」でも博多の「サライ」でも、地を這う大蛇のようにうねりなが
ら、切れ目なく鳴り続けるディジュの不思議な音は大受けだった。
ネイティヴ・サンの再結成ライブ
最終日ということもあって、チビタやドヤなど昔のスタッフとその家族、当
時の常連客が勢揃いして大同窓会パーティになった。ミュージシャン、関係者
には子連れが多く、店の中は小学校の運動会のような騒ぎだった。
互いの顔を指さし合って、「わーっ!」とか「おおっ!」とか叫びながら久
しぶりの再会を喜んでいる。後から入ってきた客は、2、3歩進むたびに懐か
しい顔に出会うのでなかなか奥に進めない。
みんな変わらない。ネイティヴ・サンの音も昔のままだ。本田さんのエレピ
の優しい音色、峰さんの明るく爽やかなソプラノ・サックス、福村さんのあっ
たかいトロンボーン、大出君のワウワウをきかせたファンキーなリズム・ギタ
ー。川端さんのどっしりとしたベースと村上寛のシャープなリズムがサウンド
を支えている。
アンコールで客が全員、総立ちで踊りだした時は、一瞬タイムスリップした
ような感覚になった。
ライブ後も沢山の関係者、ファンが残り、この日は昔話を肴に朝まで飲み明
かすことになった。
…TO BE CONTINUED (以下9月後半に更新予定…お楽しみに!)