2章 地下から飛び出せ!

第一回「次郎吉泥棒公演」

 オープンして1年を過ぎ、経営は順調とはいえないまでも、なんとか軌道に
乗ってきたが、毎日、毎晩、タバコの煙と酒の匂いにまみれながら、暗く狭苦
しい地下の店でライブを聞いていると、たまには健康的に広々とした場所でコ
ンサートでもやってみたいという気分になってくる。もっと大勢の人に楽しん
でもらえるし、店の宣伝にもなる。大人数を収容でき、自由な雰囲気でライブ
を楽しめる場所を探しはじめると、まさにぴったりなのが、大映調布スタジオ
だった。1500人は楽に収容できる映画撮影用の大きなスタジオで、天井は
高いし、音響、照明の設備も整っている。もちろん屋根もあるから雨でも大丈
夫だ。
 すぐに憂歌団、ウェストロード、そして次郎吉セッションから生まれたCち
ゃんブラザースにゲストとして渡辺貞夫が加わるという構成を決めた。泥臭い
カントリーブルースやコミックソングを日本語で歌う憂歌団、ブルースにソウ
ル色が加わってきたウェストロード、そしてフュージョン・バンドの走りだっ
たCちゃん・ブラザースとジャズ界の人気サックス・プレーヤー、渡辺貞夫の
共演、考えられる最高の組み合わせだ。貞夫さんも当日の昼間、名古屋で仕事
があるというのに快く引き受けてくれた。
 当日、会場にいくと、何の撮影があったのか、壁と天井は、ところどころに
白い雲の浮かぶ一面の青空に塗り変えられ、まるで野外コンサートのような明
るく広々とした空間ができあがっていた。自由に立ちあがって踊れるように、
客席には椅子は置かず、ステージの前にムシロを敷いた。新鮮な企画と豪華な
顔ぶれが効を奏して1000人近くの観客が集まり、レコード屋の出店(吉祥
寺ジョージア)や酒や食べ物を売る屋台も開演前から大にぎわいだった。
 憂歌団、ウェストロードの熱演で会場は大盛り上がり、トリのCちゃん・ブ
ラザースとナベサダのセッションを今や遅しと待ちわびている。  そんな中、
俺は開場の入口でそわそわとある人を待っていた。その人物とは…貞夫さんだ!
 貞夫さんはCちゃんたちの演奏がはじまってもまだ到着していなかったのだ。
演奏は進み、最後の曲が終わってもまだ来ない。人生最大のピンチ、ステージ
で土下座か? と思った時、貞夫さんが飛び込んできた。「どうだいマコ、盛り
あがってるかい?」
 「ウォーッ! イェーッ!」という大歓声の中で、ナベサダが登場。華麗なサ
ックス・ソロとCちゃん・ブラザースのノリのいいサウンドが絡み合う。ミュー
ジシャンと観客が完全に一体となって揺れている。照明のウエキちゃんはステー
ジを虹色に染め幻想的な雰囲気を作り出している。音楽を通じてステージのエネ
ルギーと客席のエネルギーが衝突し、混ざり合い、もっともっと大きなエネルギ
ーに変わっていく。客席からはいつまでも「アンコール!」の声が鳴りやまない。
 感動的なフィナーレでコンサートは無事終了したが、ステージが空っぽになっ
た後も、いつまでも夢見心地のままムシロの上に立ちすくんでいる客が何人もい
た。名古屋から駆けつけてくれた貞夫さん、ありがとう。貞夫さんが来るまで演
奏を続けてくれたCちゃん、ありがとう。一番感動しているのはこの俺かもしれ
ない。
 後日収支を計算すると数十万円の赤字。ま、これだけ楽しんだのだから安いも
のか、と前向きに考え、昼間の土方のバイトに精を出した。

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